最高裁判所第一小法廷 昭和25年(あ)2985号 決定 1953年12月24日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人鍋島清の上告趣意について。
麻薬取締法(昭和二三年法律第一二三号、以下同じ)四条本文には「何人も、左に掲げる行為をしてはならない。」と規定し、その四号において、「麻薬中毒のため公安をみだし、又は麻薬中毒のため自制心を失うこと」と規定し、なお、同法六〇条には「第四条第四号の規定に違反した者は、これを六月以上一年以下の懲役に処する。」と規定している。されば、ここに禁止および処罰の対象となるものは行為であるから、「麻薬中毒のため自制心を失うこと」というは、麻薬の連続使用により麻薬中毒の結果自制心を失った行為がなされることを意味するものと解するを相当とする。そして、右自制心を失った行為の当時には被告人に責任能力がなくとも、麻薬を連続して使用する際被告人に責任能力があり、且つ麻薬の連続使用により麻薬中毒症状に陥ることについての認識(未必の認識)があれば、いわゆる原因において自由な行為として、処罰することを得るのである。本件処罰の対象は、所論のいうがごとく単なる自制心喪失という精神状態ではなくして、前に述べたように麻薬中毒の結果自制心を失った行為である。そして、その行為は、犯罪の形を採って現われることもあるが、所論とは異り必ずしも犯罪であることを要しない。事実審の事実認定は、本件犯罪構成要件を適法に掲げているから、第一点所論の違法はない。被告人が判示のごとく座蒲団又は衣類を持ち去った行為当時における被告人の精神状態は、前述のごとく本件犯罪の処罰には直接関係のないことであるから、原判決には結局第三点所論の違法はない。従って違憲の各主張は、何れもその前提を欠くものであって採ることを得ない。
次に、麻薬取締法四条四号前段の違反行為と同後段の違反行為とは訴因並びに罰条を異にしないのであるから、裁判所が検察官において訴因の変更又は追加をしなくとも前段違反の起訴事実を後段違反の犯罪行為と認定したからといって、所論第二点のような訴訟法上の違法があるとはいえない。されば、所論第二点の違憲論もその前提を欠き明らかに刑訴四〇五条の適法な上告理由に当らない。
よって、同四一四条、三八六条一項三号に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野 毅 裁判官 岩松三郎)